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家康が長男を死なせた事情
◆家康が正室と長男を死なせた事情

徳川家康は、1579年に正室・築山殿を家臣に命じて殺害させ、長男の信康を自害させている。なぜ家康は妻子を殺さねばならなかったのか。間違っているものを選べ。

ア)信長の命令     イ)嫁姑の争い

ウ)築山殿と信康が武田氏と内通しているという疑い

エ)家康の家臣たちの、築山殿と信康への不信

 ☆正解はコメント欄に明日記入します。

JUGEMテーマ:歴史
| 日本史:戦国、安土・桃山時代 | 22:31 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
正解:エ)

長男信康(21才)の妻は信長の娘・徳姫だったが、夫婦仲はよくなかった。また家康の正室・築山殿は今川家の一族の出身だった。もちろん今川家にとって信長は敵であり、嫁姑の関係も悪かった。その徳姫からの父の信長に「信康とその母(家康の妻)が敵・武田氏と密通している」という手紙が送られたのだ。それで信長の命令が下ったというわけだ。最後に信康は、「父に、私は無実だと伝えてくれ」といって果てたという。
| 正解 | 2008/09/28 10:32 PM |
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