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明暦の大火はなぜおこった
◆明暦の大火の原因として噂されていなかったのは?

明暦(めいれき)の大火は、振袖(そでふり)火事ともいう。1657年(明暦3)江戸本郷丸山町の本妙寺から出火し,江戸城本丸をはじめ江戸の大半を焼き尽くした江戸時代最大の火事だ。死者10万人以上といわれ,江戸城も西丸を残して焼失。幕府は市街の復興に際し道幅を広げ,家屋の規模を定めるなどの措置をとった。

では、大火の原因としていくつかの説が流布するが、実際には流布していなかったのはどれか。

ア)それを着ると病死するという因縁の振袖を、和尚が読経しながら火の中に投げ込んだ瞬間、突如吹いたつむじ風によって振袖が舞い上がって本堂に飛び込み、それが燃え広がって江戸中が大火となったという。

イ)1655〜1659年の浅間山噴火に伴う地震で、火の後始末をしなかった複数の倒壊家屋から出火して、手がつけられなくなったという。
 
ウ)幕府が江戸の都市改造を実行するために放火したとする説。

エ)実際の火元は老中・阿部忠秋の屋敷であった。しかし、老中の屋敷が火元となると幕府の威信が失墜してしまうということで幕府の要請により阿部邸に隣接した本妙寺が火元ということにしたという説。

☆正解はコメント欄にあります。

JUGEMテーマ:歴史
| 日本史:江戸時代 | 22:41 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
正解:イ)

1655〜1659年に浅間山噴火があったのは事実であるが、比較的小規模なものであり、それに伴う地震で火事が起きたという事実も、うわさもない。

イ)以外は、すべてうわさとして存在した。
| 正解 | 2009/06/07 10:59 PM |
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