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津田梅子の帰国後
◆津田梅子の帰国後の事情とは?

津田梅子(つだうめこ:1864〜1929)は、明治・大正期の女子教育家。1871年(明治4)7歳で北海道開拓使海外留学生として女子ではじめて留学した。岩倉使節団とともに横浜をたち、アメリカの家庭にホームステイして初等・中等教育をうけ、キリスト教に入信した。82年に18歳で帰国した。1900年女子英学塾(今の津田塾大学)を創立した。

では、津田梅子の帰国後について間違っているものを一つ選べ。

ア)帰国したとき、完璧な英語を話し、ただちに日本人初のバイリンガルとして、華族女学校などの英語教師となった。

イ)89年、再渡米して生物学と教授法をおさめ、華族女学校、女子高等師範学校(お茶の水女子大学)の教授に就任。

ウ)1900年、キリスト教精神にもとづいた女子教育と国際人養成の使命感にもえて、東京に女子英学塾(のちの津田塾大学)を創立。英語の教育水準をひきあげ、近代日本の女子教育の先駆けとなり、女性の地位向上に貢献した。

☆正解は、コメント欄にあります。

JUGEMテーマ:歴史
| 日本史:明治時代 | 18:43 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
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コメント
正解:ア)

82年に帰国したとき日本語はほとんど話せなくなっていたという。しかし、伊藤博文らの協力により桃夭(とうよう)義塾、華族女学校の英語教師となった。89年に再渡米したのは事実。

| 正解 | 2009/08/01 6:53 PM |
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